『バンベルクの黙示録』 |
かねてから、写本のファクシミリ、特にオットー朝時代のもの、を入手したいと思っていたがこの時代の写本は『『エヒテルナッハの黄金福音書』や『ハインリヒ2世の典礼用福音書抄本』などのように純度の高い金箔をふんだんに使用したためたいへん豪華であり、その価格もその豪華さに比例して高価なのでなかなかその機会がなかった。最近になってオットー朝写本でまだファクシミリになっていなかった『バンベルクの黙示録』がファクシミリ化され、比較的入手しやすい価格であったこともあり、迷わず購入することにした。ファクシミリを制作したのは『ベリー公のいとも豪華な時祷書』、『ケルズの書』あるいは『リンディスファーンの福音書』などを手掛けたルツェルン・ファクシミリ・フェアラーク(旧スイス・ファクシミリ・フェアラーク)、世界最高の復刻技術を持つことで知られる出版社である。入手したファクシミリのEdition No.は580/980、ファクシミリ本体と研究報告の二冊構成でアクリルのケースに入っていた。 『ヨハネの黙示録』 『黙示録』挿画本 『バンベルクの黙示録』 つい先日(2002年)、印刷博物館で開催された「ヴァチカン教皇庁図書館展」に同図書館所蔵のライヒェナウ派写本(Barb.Lat.711、1000年頃)が展示された。この写本は『オットーIII世の福音書』に共通した預言者像が描かれているが、この写本や『バンベルクの黙示録』の豪華さには及ばず、これら「黄金写本」が特別仕立ての書物であったことがよく理解できた。 |
写本外装
写本装幀 | 琥珀、レジデンツ宮廷礼拝堂宝物館、ミュンヘン |
オリジナルの装幀は金板や8個の琥珀を含む45の宝石で飾られた豪華なものであったが失われている。中央の琥珀は現存し、ミュンヘンのレジデンツ宮廷礼拝堂宝物館に所蔵されている。現在の装幀はバンベルク図書館にある写本に用いられた10世紀頃のビザンティンの布地をコピーしたもの。 宝物館の初期中世展示室に何の解説もなく展示されていて、この大きな琥珀がもともとは黙示録装幀に用いられた宝石の一つであること知っていなければ、なんで王冠や金細工の展示のなかに一つだけ異色の展示品があるか理解できなかったであろう。 |
fol. 1r、書物を受け取る聖ヨハネ | fol. 1v, 2r、黙示録本文冒頭 |
黙示録はヒエロニムス校訂のウルガタのテキスト「これは、イエス・キリストの黙示録である」を大きな飾り文字「A」で始めている。この写本には全部で103のこうした飾り文字がある。本文は三人の筆写生が担当したと考えられ、美しいカロリング体で大きくゆったりと書かれている。普通の写本であれば貴重な羊皮紙を最大限利用するため細かな字で紙面にびっしりと記述されるのが普通である。長い年月の間にあいた羊皮紙の穴も正確に再現された。ちなみに「黙示」Apocalypsisという単語があるのはこの冒頭だけである。 |
飾り文字Aの拡大
fol. 45v, 46r, 石臼を海に投げ込む天使 | fol. 51v, 52r、『最後の審判』 |
黙示録18−21章に対応する挿画。「すると、一人の力強い天使が、大きな引き臼のような石を持ち上げて、次のようなことを言いながら海の中に投げ込んだ。『大いなる都バビロンは、このように荒々しく投げ倒され、もはや決して見出されることはないだろう』」 黙示録20−11から始まる「最後の審判」。中央上に審判者、大きな十字架については本文に記載はない。初期キリスト教時代には十字架が描かれることはなかった。その下の天使は「命の書」を掲げている。下中央に墓からの復活者たち、「命の書」にリストアップされていれば左側の天国へ、なければ右側の地獄へと分かれていく。地獄に連れ去られる人の中に司教や皇帝の姿も見える。この場面に対し13世紀にシトー会修道士により作られたセクエンティア『怒りの日』は後に『レクィエム』として多くの作曲家により作曲された。500年の後、システィーナ礼拝堂の壁面に描かれた『最後の審判』もほぼ同じ構図である。 |
fol. 32vの挿画
黙示録13−1、第一の獣登場の場面、「その獣は十本の角と七つの頭を持っており」。頭の一つは死にかけていることになっていて、くたっとなっている表情がいい。「姿は豹に似ていたが、その足は熊の足のようで、その口はライオンの口のようであった」というテキストに忠実に描かれているが画師はおそらく本物の豹を見たことはなかったかもしれない。右下は海でその上に一部始終を幻視するヨハネが描かれる。 |
fol. 59v, 60r, 玉座の皇帝と供物を捧げる属州
『黙示録』写本の内容は前半が『黙示録』全文、後半はほぼ同じ分量の朗読用福音書抄本の二部構成をとる。後半の冒頭見開きにこの挿画がおかれている。描かれている皇帝が若いこと、后妃が描かれていない(ハインリヒ二世であればクニグンデ后妃が共に描かれる。写本を奉献したのは「二人」によるから)ことからオットー三世と思われる。『オットー三世の黄金福音書』では廷臣に囲まれた皇帝として描かれているがここではペテロとパウロから戴冠を受ける構図である。輝く金地は皇帝の書にふさわしいように金箔を貼り付けた後、入念に磨かれた結果である。カロリング時代にはこのような背景はなかったのでビザンティン写本の影響と思われる。 |
ファクシミリについて
この写本はオットーV世の依頼からちょうど千年後、2000年にファクシミリが制作された(詳細は「データ」に記載)。ファクシミリはいわゆる復刻本のことで19世紀後半から制作されるようになった。特に1970年代から技術の進歩にあわせて盛んになり、多くの写本がファクシミリ化されてきた。徹底したオリジナルの再現を目指し最先端の技術が投入されているが最終的には熟練職人による手作業で仕上げられている。こうしたファクシミリ本は美術作品として扱われ、先日開催されたヴァチカン図書館展(印刷博物館)でも写本とならんでファクシミリ本が展示されていた。 |
上は普通の印刷(左、写真原稿はファクシミリと共通で同寸)とファクシミリから800 dpiで取り込んだもの。通常のカラー印刷は四色のインクCMYKを用い、400 dpi程度の解像度で網目分解した原版を重ねてカラー再現するが、このファクシミリでは数十色のインクを用いたオフセット印刷により印刷されている(2001年に同じ出版社が制作した『リンディスファーンの福音書』ファクシミリでは45色使用し顔料もリンディスファーンに自生する植物や中近東のラピス・ラズリを使用している。通常印刷の中でも高度なポスターや複製版画などに使われる多色刷りシルクスクリーンでは多くても15〜20色)。 この写本の特徴である金地の部分はオリジナルの成分分析(EDAXなどを使えば非破壊で元素分析が可能)を行って同成分の金合金を作製しオリジナルに近づけている。紙も羊皮紙に近い厚みと色あいを持たせ、欠損部や後年の書き込みなども全て再現されている。装丁は古写本で使われた技術で行われている。こうした技術により普通の印刷では得られないクォリティが実現した。 |
書誌データ
Die Bamberger Apocalypse Staatsbibliothek Bamberg, Ms. Bibl. 140 |
来歴: 1000年にオットー3世よりライヒェナウ島帝国修道院、マリーエン修道院に対して黙示録写本の制作を命じられ、早速取りかかった。しかし2年後、皇帝の突然の死により長期中断された。その後ハインリヒ2世により再度依頼があり1020年までに完成、この年にバンベルク大聖堂に他の写本と共に(皇帝と后妃により)奉献、1803年まで同地のザンクト・シュテファン修道院に所蔵。同修道院が世俗化された時にバンベルク図書館へ移管され現在に至る。ファクシミリは20世紀初めに部分ファクシミリが、2000年に全体のファクシミリが制作された。 |
ファクシミリ: Faksimile-verlag Luzern, Luzern, 2000., ISBN:3-85672-076-6 |
Image sources: Gude Suckale-Redlefsen, Die Bamberger Apocalypse, Faksimile-verlag Luzern, Luzern, 2000. ISBN:3-85672-076-6 Ingo F. Walther, Codices illustres, Taschen, 2001. ISBN:3-8228-5852-8 |
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