洋梨を讃える画家 |
スイスのベルン生まれの画家パウル・クレーは洋梨好きにとって最も重要な画家である。洋梨画作品の代表作『洋梨を讃えて』をはじめ、『静物』、『病気の果物』など、セザンヌにとっての林檎に相当するのではないかと思うほど洋梨を作品に描いた。それも亡くなる前の数年間に最も集中している。この時期はナチスによる迫害、健康の悪化といった不安と反比例するかのように清澄な(モーツァルトのKv600代の作品のような)作品を描いていった。モチーフは天使が多く、果物も多い。 |
『洋梨を讃えて』(Birnenlob)、1939年 「パウル・クレー展」図録, 1994 Cat. No. 233より掲載 |
最晩年になってどうして洋梨や果物が頻出するようになったのか長いことわからなかいでいた。ようやく最近になって次の詩を読んだとき、その理由に思い当たることができた。 |
Die Sonette an Orpheus. XIII, bei Reiner Maria Rilke
ゆたかな林檎よ 梨とバナナよ
スグリよ……これらはみんな口のなかへ
死と生を語りかける……ほのかに私はそれを感じる……
子供の顔からそれを読みとるがいい
……それは二重の意味をもっている それは太陽のものであり 地上のもの 此の世のものでもあるのだ……
(富士川英郎訳)
洋梨が生命の実であること
『ヴィーン創世記』の挿画から、楽園の二人が食べたのは「知恵の実」で林檎、この挿画でも林檎を手にしている。
エデンの園にあったもう一つの木は「不死の実」、こちらまで食べられてはと追い出されたわけであるが、
この挿画では「不死の実」が洋梨になっている。
Tot und Feuer
翌年(没年)に構図がそっくり繰り返えされる。
『死と焔』(1940年、ベルン美術館)
「死」が掲げているのが生命の焔だとしたら、『洋梨を讃えて』で子供が持つ洋梨も生命そのものということになる。
Still Leben
同じ年の果実だけを描いた作品。
『静物』(1940年、ベルン美術館で撮影) |
けれども いま 円熟する楕円の果実のなかで
その豊かになった平静を誇るとき
それは自らを放棄して また たち帰っていくのだ
果皮の内側で 自分の中心へ向かって
『果実』、富士川英郎訳
梨の形をした鈴をつけて
『鈴をつけた天使』(1939年、ベルン美術館)