眼を閉じて
Les yeux clos

 ルドンの代表作である『眼を閉じて』Les yeux clos はレゾネによると56点がこのカテゴリーに分類され(後に1点追加)、13点が『眼を閉じて』のタイトルがつけられている。1880年頃からこのモティーフで試行錯誤が行われ、1889年に原型となる作品が描かれた(W475)。このときは人物が聖人として描かれ、前景が地平線となっていた。翌1890年に集中的に描かれた。まず習作が2点描かれ、現在オルセー美術館所蔵の作品(国家買い上げ第一号となった記念すべき作品)や、同年にショーソンが購入することになる作品が描かれた。同時にリトグラフやパステルでも制作された。
 90年代に描かれた作品は地平線が水平線に、後光は消失または痕跡的となる変更がされ、ここで『眼を閉じて』の基本スタイルが確立した。1904年には油彩画が1000フランで国家買い上げとなりリュクサンブール美術館所蔵となった。20世紀に入ってルドンの知名度が上がり、『眼を閉じて』の注文もされるようになったこともあり、1914年までに数点制作されている。最後の作品は水平線が消失し、水の中に入ってしまったように青一色となった。


殉教した聖人のようにみえる、1889, W475


一連の作品に先立つ習作, 1890, W467

リトグラフ

いずれも1890年、右の作品は現在4点しか確認されていない。

武満徹がこの作品から『閉じた眼』を作曲、油彩 W469 W469をパステルに置き換えたもの W470


1890年にエルネスト・ショーソンが購入、『暁の聖母』La vierge d'aurore とも言われる
1890, W480


オレンジ色の前景が強烈、W474


肖像画に発展した。カミーユ・ルドンの肖像、1880-85, W466

水平線が傾き花で区切る 1890-, W477 円形の区切りにオレンジ色の世界 1890-, W478


最後に描かれた 1914, W476

 印象派のモネも『積み藁』や『ルーアン大聖堂』などで同じモティーフを繰り返し描いているが、ルドンとは本質的に異なる。まだ印象派がマイナーであった1880年に(第4回印象派展をみて)正確に印象派の目的とするところを理解していた。印象派は外光のみを追い、瞬間の美しさを捉えることに成功した。この方法を使えば、別の瞬間を捉えいくらでも描くことができるのである。しかしそれは人間の精神性を切り離すことで初めて達成された。ルドンはその点こそが印象派と違っていることを認識していた。
 『眼を閉じて』の他に同じモティーフを繰り返す例は多い(例えば『神秘的な対話』、『オフィーリア』、『オルフェウス』など)。それには晩年に同じモティーフでの注文が多かったという事情もあるが、音楽のヴァリエーションと同じと考えると納得がいく。ルドンが好んだドイツの音楽、バッハ、ベートーヴェン、シューマンといった作曲家はそれぞれ変奏の大家であった。

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