ルドンを巡る音楽家 11

リヒャルト・ヴァーグナー Richard Wagner

 プルースト全集の『失われた時を求めて』は10巻に分割され、それぞれの巻の口絵には内容と関連する口絵が掲載されている。その終結部『見出された時』に選ばれた口絵はルドンのパステル画『パルジファル』であった。
 オディロン・ルドン(1840-1916)はワグナー最後の祝典楽劇『パルシファル』(1882)から二つの画像を描いたが、表の口絵のパステルは1977年にはじめてルーヴルにはいったもので、リトグラフによる1892年のもう一つの作晶にくらべて格段の深まリを見せていて、ルドン晩年の傑作である。この大きく見ひらかれた沈痛な目は、パルシファルの運命に共感していた『見出された時』の作者を喚起するのにもっともぷさわしい映像であると訳者は考えた。タディエは本全集第四巻の解説で、「ワグナ一は、種々さまざまな断片を一つの厖大な作品のなかに、集成するということのほかに、ライトモチーフの使用によってプルーストを魅惑した」と述べている。『見出された時』の「カイエ58」によれぱ、『パルシファル』第二幕のパリ最初の試聴会がゲルマント大公夫人邸で催されることになっていた。音楽家ワグナーと小説家プルーストと画家ルドンとの晩年に共通の表徴は、芸術作品を残すという「責任遂行」(全集第10巻、312ページ)によって生涯に犯した涜聖の罪を浄化することと、ライトモチーフの方式による作品構築のなかに一種のアンドロギヌス的自我像を浮かぴあがらせることとの二面であったように思われる」
(井上究一郎、「プルースト全集」10「見出された時」口絵裏より)
 ヴァーグナーの舞台作品ではブリュンヒルデとパルジファルを描いた作品があり、どちらもリトグラフとパステルで制作された。
ブリュンヒルデ、リトグラフ、1886年 ブリュンヒルデ、リトグラフ、1894年
 楯を持ち甲冑を着たブリュンヒルデは「ヴァーグナー評論」Revue wagnerienne, no.VII, Aug. 8, 1886のための挿画であった。その8年後に制作されたリトグラフは全く対照的なブリュンヒルデであり、格段に深みと清澄感が増している。。駒井哲郎は「この作品の素晴らしい緊張感、前作(左)に見られるひ弱さの影はどこにも見られず芸術家の美の理想がここにはある。純粋な線のもつリズムと強さがある」(ルドン素描と版画、岩崎美術社、1986年)と述べた。
 パステルのブリュンヒルデは1989年に日本でも公開されている。神話の最も根源的なところで自然のエネルギーを体現した騎手はリトグラフのブリュンヒルデとまた違った面をみせている。スケッチ帳の中にパステルのための習作がある。
ブリュンヒルデ、パステル、1905年頃
スケッチ帳から、1900〜1910年頃
 「舞台神聖祭典劇パルジファル」は作曲家によりバイロイト以外での上演を禁じられたが、パリでは1890年代に演奏された記録がのこっている。ルドンもそのときの演奏を聴いたのかもしれない。リトグラフのパルジファルは「無垢な愚者」を描いた。愚者ゆえに全てを見通す眼差し。駒井哲郎は「長槍を持ち憂いを含んだそのまな差し、隠者の洞窟の前に建って幽かな雪あかりに照らし出され沈思するパーシファル、光と線の交錯によって中世の騎士の内面までも暗示しているようだ」(同上)と述べている。
 「ルドンの黒」は健在であった。パステルのパルジファルは闇を内包する求道者とその背後で全ての謎の解決を暗示するかのように光に満ちた岩山(モンサルバート)と輝く薔薇色の空が対照的である。ルドンは最後までこのパステルを手放さず、アトリエに置いていた。なお、レゾネでは『聖ヨハネ』としている。
パルジファル、リトグラフ、1891年 パルジファル、パステル、1912年、W.626
 ヴァーグナーに関して手記にはいくつか評論を残していたにも関わらず、ヴァーグナーの肖像はついに描かなかった。生涯にわたり何度も肖像を描いたシューマンとは対照的である。
 同じ時代の作品、ルドンと同じく象徴派に含められたベルギーのヤン・デルヴィルがほぼ同じ頃に描いた『パルジファル』と比較すると、ルドンの作品は象徴派と違ったものが根底にあるような気がする。

ヴァーグナーのCD
タイトル Parsifal
演奏 Rahael Kubelik, Chor und Symphonieorchestra Bayern Rundfunks
録音場所、年代 München, 1980
CD No. ARTS Archives 43027-2
 クナッパーブッシュやカラヤンをはじめとした多くの演奏のなかでクーベリックは、クナッパーブッシュのように重くならず、カラヤンのように大仰に響かせない。特に「聖金曜日の魔法」からは作曲家がどれだけ季節の雰囲気を封じ込めていたか、明らかとさせる。CDはデルヴィルの『パルジファル』(1890年)。

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