神秘的な対話
Conversations mystiques


 『神秘的な対話』はルドンの好んだモティーフの一つでレゾネ4)では15点がこのモティーフに分類されている。ヴァリエーションはあるが、基本的にはうつむいた少女の手をとる年長の女性の組み合わせでどこかに進んでいこうとしている。ルドンは自作にタイトルをつけないことが多く、この二人の女性を描く作品もつけられなかったので様々なタイトルがつけられてきた。『神秘的な談話』 Entretien mystique1)、『学問への手引き』Initiation a l'etude3)、『神秘的な対話』 Conversation mystique4)、『トンネルの下の二人の女性』 Deux femmes sous une tonnelle、『ご訪問』 La Visitation5)、といった風である。
 最初にリトグラフ(版画集ではなく単独)として制作され、オルセーのように多少の変更をされてパステルで描かれ、次いで岐阜の油彩が制作された。これらの中で岐阜にある作品が素晴らしい。


建築図面の間に描かれた素描、Musee d'Orsay

M118, 1892, Lithograph Cat. No. 653, 1895?, Musee d'Orsay

Cat. No. 651, 1896, 岐阜県立美術館 Cat. No. 654, 1905, Dallas Museum of Art

 タイトルが定まらないのは作品についての解釈が様々に可能なためである。例えば、「何らかの宗教的儀式の場面を描いたものかもしれないが、この作品は、従来、聖母マリアのエリザベツ訪問の場面であると考えられてきた……また一方では若い女性がマグダラのマリアで、姉のマルタが妹を諭している場面であるとする説もある。様々な解釈がなされる謎に満ちた、また印象的な女性像である」9)。「とある寺院で一人の巫女が見習いと思われる若い巫女に神秘的な奥義への手ほどきをしている」10)。『神秘的な談話』はメルリオが版画レゾネ1)に記載している。画家自身の示唆があったと思われる。
 『ご訪問』は受胎告知を受けたマリアがエリザベツに知らせに行く場面で伝統的にエリザベツとマリアが抱き合い喜ぶ図像で表される。


『ご訪問』の場面、Codex Egberti

 もとより、ルドンの作品には唯一の解釈というものはないが、『神秘的な対話』の手を引かれる少女はうつむいた憂い顔で沈黙し「対話」をするようには見えない。何か気の進まぬようでもある。一方の手を引く年長の女性は優しく導こうとしている。
 『ご訪問』のような喜ぶ表情はなく、巻物を持っているからといって『学問への手引き』も説得力がない(「生命の書」かもしれない)。岐阜県立美術館の作品を以前みて気になっていたのが、最近になってギリシアの浮彫を偶然みたとき、その親近性に気がついた。この壷はハデスへと死者の魂を導く図を浮彫にした死者のための壷である。 


ギリシアの壷, Glyptothek, München

 岐阜の『神秘的な対話』に注目すると足元には花が撒かれ、薔薇色の雲が背後に見えている。足元の花はギリシアの宗教儀式からきたという解釈4)があり、薔薇色の雲はEgbert Codexのように、神聖な空間を示すときに使われていた。二人のいる場所はこの世ではない所で、そうすると少女の持つ木の枝は「生命の木」の一部なのかもしれない。
 このようにみていくと次の『舟の聖女』も地上と舟という場所の違いはあるが同じく手をとられる少女と年長の女性の組み合わせ、「舟」はギリシアでもケルトでも異界へ行くためのものであるから、死者の魂を描いているのではないかと思われる。
 ルドンはギリシア神話やその時代に詳しく(アポロンやパンドラ、ヴェヌスなど多く描いている)、ルーヴル美術館にも頻繁に通っていたのでギリシアの死者の図も知っていたと思われる。
 最初の発想に縛られることなく発展させるのがルドンの特徴で、『神秘的な対話』のモティーフも変奏されていく。


Sanites femmes dans une barque, Private collection, Japan


Apparation, Princeton University Art Museum, 1905

『神秘的な対話』図版
1) Andre Melerio, Odilon Redon Les Estempes, 1913
2) ロズリーヌ・バクー、本江邦夫訳、オディロン・ルドン パステル画、美術出版社、1988
3) 本江邦夫、オディロン・ルドン展図録、東京国立近代美術館、1989
4) D. W. Druick, Odilon Redon, The Art Institute of Chicago, 1994
5) A. L. St Guily, Odilon Redon Catalogue Raisonne Volume I. Portraits et figures, Wildenstein Institute, 1992
6) A. L. St Guily, Odilon Redon Catalogue Raisonne Volume III. Fleures et paysages, Wildenstein Institute, 1996
7) オディロン・ルドン展図録、群馬県立近代美術館、2001
8) 山本敦子、ルドン展・絶対の探求、図録、岐阜県立美術館、2002年<
9) 世紀末が見た夢・ルドンとその周辺、図録、茨城県近代美術館、2004年
10) 山本敦子、ルドンの黒・眼を閉じると見えてくる異形の友人たち、図録、Bunkamuraザ・ミュージアム、2007

inserted by FC2 system