内部空間の比較 1

トゥルーズ 1838年3月28日
…この魅惑的な教会(だから、てんで地獄にふさわしくない)で陰気なのは、主身廊の狭さだけである
『スタンダール 南仏旅日記』(p74)山辺雅彦訳、新評論、1989. ISBN:4-7948-0035-5

 記録的な猛暑の中、シュパイアー大聖堂を再訪してみて印象深かったのは前回修復工事中だったアプシスが工事を終え、初めて見ることができた内部空間であった。シュパイアー大聖堂は現存のロマネスク建築で最大の規模でありもともと雄大ともいえる内部空間で、ゲーテも感嘆したその交差部分は巨大な塔を支えるためアイフェル産の玄武岩を使い柱を太くするなど、構造上でも特に配慮されている。
 この交差部の柱は幅を広くしたために身廊から眺めると突出し、身廊列柱がつくるリズムを終止しているが視界を遮っているという印象を全く持たない。不思議だったのは以前訪れたトゥルーズのサン・セルナン教会の内部をみたとき、突出した交差部分の柱が視界を遮っているようで違和感があったことを思い出したからであった。サン・セルナン教会は現存ロマネスク聖堂でシュパイアー大聖堂に次ぐ規模を持ち、クリュニー型プランである。交差部分は同じく巨大な塔があるため身廊の柱よりも幅を広くしているが、こちらは建設中に塔を支えるのに不安があったため途中から幅を広くとる設計変更を行っている。シュパイアーでは戦後になって大規模な修復が行われ、創建時(シュパイアーII)に可能な限り近付けている。一方サン・セルナン教会は19世紀にヴィオレ・ル=デュクにより修復が行われた。しかし使用した石材に問題があったこともあって失敗したため、1990年代に「ヴィオレ・ル=デュク以前」の姿に戻された。スタンダールが見たのは修復以前の状態であった。

 シュパイアーとサン・セルナンの二聖堂で、主身廊〜内陣にかけての内部空間をみたときに感じた印象の差はどこからくるのか。主な相違点をまとめてみると次のようになる。
主身廊の比較

手前がサン・セルナン、背後はシュパイアー

項目 シュパイアー大聖堂 サン・セルナン教会
Plan
三身廊バシリカ、ヴェストヴェルク 五身廊バシリカ、放射状祭室
主身廊
垂直性が強調、クロスヴォールト 水平性が強調、トンネルヴォールト
交差部
八角ドーム架構 八角トンネルヴォールト架構
身廊立面
二層構成、主身廊クリアストーリーから直接採光、ピアと円柱の複合交替柱列 二層構成、トリビューンを介した間接採光、ピアと円柱の複合柱列
側廊
側廊だけでサン・セルナンの主身廊に匹敵 狭い

 主廊部の幅はシュパイアーのほうが広い。物理的な広さ以外にも幅の広いピアと中間の柱(どちらも束ね柱でありアーチの上まで延びているため垂直性を強調している)を交互にすることでゆったりした空間を演出している。サン・セルナンでは身廊の幅の割に天井の高さがあり細長い印象を与え、主廊に同じ形の柱を繰り返しているために、アプシスに収束する密度の高い空間となっている。建設当初は交差部分がこれほど視界を遮るように突出しなかったはずで、この部分は建築家の意図どおりにならなかった。
 ヴォールト架構の違いもあり、トンネルヴォールトでは横断アーチ=ヴォールトの高さとなるがクロス・ヴォールトでは横断アーチ<ヴォールト頂部であるため、下から見ると大地に押しつけようとするトンネルから一歩天に向かおうとする分だけクロス・ヴォールトでは横断アーチを超えるような空間を感じる(実際あるのだからそう感じるのは当然であるが、クロス・ヴォールトでは一種の錯覚でそれ以上の広さがあるように見える)。
 両聖堂の側廊は同じ四分ヴォールトであるにも関わらず印象はかなり違う。サン・セルナンの側廊は二等分(五身廊)されているため垂直性が強調されている。シュパイアーでは分割はされていないので主身廊かと思うくらい広い空間になっている。

 参考までに規模は同程度ながら上記二聖堂とは全く異なるシステムを採用したトゥルネィのノートル・ダム大聖堂の内部、「ヴィアドゥクト・システム」(水道橋)というニックネームからわかるように水平性が著しく強調された身廊空間である。

Cathedrale Notre-Dame, Torunai, Belgium

トゥルネィ、ノートル・ダム大聖堂、1110ー1130年 ソワニー、サン・ヴァンサン教会、1150頃

   

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