フィンシュガウ(ヴェノスタ)渓谷のロマネスク
Romanisch und Vorromanisch Kunst zu Vinschgau Tal (Val Venosta), Südtirol, Italia

 オーストリア、スイスと国境を接するイタリア北部の南チロル(イタリアでは流れる川の名前からアルト・アディジェ)地方は第一次大戦後オーストリアからイタリアに割譲されたため、イタリアなのにドイツ語(及びラディーノ語)が公用語となっている。このうちメラーノから西半分がフィンシュガウ(イタリア語でヴェノスタ)渓谷でアルプスの間をL字型に開けている。西側はオーバーフィンシュガウで南北40kmに延びて北がオーストリアのナウダース、南西がスイスのミュスタイル渓谷に接し、東側ウンターフィンシュガウは東西50kmに延びている。


Vinschgautal/Val Venosta

 以前、渓谷の入口であるミュスタイルに滞在しタウファース/トゥブレの施療院などを訪れたりした。ミュスタイル滞在前から見ていたミシュランの1/25万地図でミュスタイルの近くにマリエンベルクという修道院のあることが記載され、ここに何かあるのではないかと気になっていた。滞在中入手した資料(現地で入手したガイド)などを見るとタウファースの背後に渓谷が開けていて、古い聖堂などが点在していることなどがわかってきた。


ミュスタイル渓谷からフィンシュガウをみる。遠景はマルスの町

 日本に戻り、売っている観光ガイドを調べてみるとこの地域は全く観光の対象外、従って何の記載もされていなかった。せいぜいフィンシュガウ東端のメラン/メラーノが隠れた保養地として紹介される程度である。チロル地方はスイス〜オーストリアツアーなどに組み込まれたり、ヴィーンから日帰り旅行可能な人気コースであるがこれは全てオーストリアの北チロルであってイタリアの南チロルではない。あるいは『イタリアの田舎紀行』といった本などでもすっぽり抜け落ちている。
 現地で入手した資料、webの情報、そしてイタリア観光協会編集のガイド(日本語版でこの地域が詳細に記述)などからこの地域のことが次第にわかってきた。

 南チロル地方、フィンシュガウ渓谷は先史時代(ケルト時代よりも前)のことが世界で最も解明されている地方である。1991年、ナトゥールノの北、セナーレスから国境に入った地点で今から5000年前、新石器時代の狩猟民(後にエッツィーと名付けられた)の遺体が衣服や持ち物を含めたいへん良好な状態で発見された。また、前後して渓谷の様々な場所から石器時代から中世までの様々な遺物が発掘されている。これらの情報から石器時代には主に丘の上のような場所に人が住んでいて鍋やナイフなどの金属製品を作るくらいの水準の生活を営んでいた。これら生活用品と共に相次いで発見されたのが「メンヒル」(ご神体)で、独自の宗教を持っていたことが伺える。ケルト時代もこれらが受け継がれている。
 古代ローマ時代、アウグストゥスがアウグスブルクへ向かうのに選んだ道がフィンシュガウ渓谷であったように、辺鄙であるがアルプス南北を結ぶ重要なルートの一つであった。このため初期中世の聖堂建築や質の高い壁画が制作された。後にブレンナー峠の開通などで主要ルートでなくなったことから取り残された形となり、かえって中世文化が保存されることになった。

 1992年にラッチュのビューエルにある聖母教会の12世紀の祭壇下から一枚の石板が発見された。線刻がされた新石器時代のメンヒルで、この聖母教会は複数神教会で中世に至るまで先史時代の宗教が継承されていたことがわかった。このメンヒルで更に興味深いのは遭難したエッツィーが所持していた斧やナイフが線刻されていたことで、遭難場所からそう離れていないことから、かなりの確率でエッツィーもこのメンヒルを見ていたと推測されている。
 ロマネスクのモニュメンタルな大聖堂のような大建築はないが、アルプスの麓に建つ小さな教会は大自然の中にアクセントを添えている。90年代に入ってこうした教会から相次いでフレスコが発見され、重要度が増した。

 スルデルノにクールブルクという城砦がある。ミュスタイルにレジデンツを置いていたクール司教が建てさせたことから「クールの城」と呼ばれるようになった。この城砦は15世紀に持ち主が代わりトラップ伯の居城となった。ずっと後になって『サウンド・オブ・ミュージック』で知られるようになるトラップ(男爵)ファミリーの先祖である。そのトラップファミリーがナチスドイツと併合されたオーストリアからスイスへ亡命する際に選んだルートがフィンシュガウ渓谷であった。

 現在フィンシュガウ渓谷は林檎栽培が主要産業で世界で最も林檎生産量の多い地域である。実際、メラーノからスルデルノまでは林檎畑がえんえんと続いていた。林檎以外の果樹も当然多く、洋梨もあちこちで育てられていた。次いで重要な産業が観光で、日本では全く知られていないがイタリア国内では人気のある地域(夏はアルプス登山、冬はスキー)だそうである。



マリエンベルクの修道院
Burgeis/Burgusio, Ober Vinschgau

フィンシュガウ渓谷のロマネスク聖堂

ナウダース、オーストリア
Nauders, Austria
ザンクト・レオンハルト礼拝堂
Kapelle St. Leonhard

Obervinschgau

マールス/マッレス・ヴェノスタ
Mals, Malles Venosta
サン・ベネディット教会
サン・マルタン教会
教会塔と城砦塔

ブルガイス/ブルグシオ
Burgeis, Burgusio
マリエンベルク大修道院の地下聖堂(クリプタ)
Krypt von Kloster Marienberg, Abbazia di Monte Maria

ザンクト・ニコラウス礼拝堂
St. Nikolaus Kirche, Chiesa di S. Nicolo

教区教会
Pfarrkirche, Parroccochiale

ザンクト・シュテファンス教会
St. Stefanskirche, Chiesa S. Stefano

Mitlere Vinschgau

タルチュ/タルチェス
Tartsch, Tarces.
ザンクト・ファイト教会
Sankt Veit Kirche

タウファース・イム・ミュンスタータール/トゥーブレ
Taufers im Münstertal, Tubre
聖ヨハネ施療院聖堂
Chiesa di San Giovanni
Ospizi Son Jon
Hospizkirche Sankt Johann

Unter Vinschgau

ラース/ラーサ
Laas, Laasa
洗礼者ヨハネ教区教会
Pfarrkirche Johannes der Täufer, Parrocchiale S. Giovanni Battista
ザンクト・ジシニウス教会
Kirche St. Sisinius, Chiesa di San Sisinio

ラッチュ/ラーチェス
Latsch, Laces
ビューエルの聖母教会
Unsere Liebe Frau auf dem Bühel
ニコラウス教会
Nikolauskirche

ナトゥールンス/ナトゥールノ
Naturns, Naturno
ザンクト・プロクルス教会
St. Prokuluskirche
Chiesa San Procolo

ドルフ・チロル(メラーノ郊外)
Dorf Tirol, Villa Tirolo
チローロ城(付属礼拝堂
Schloß Tirol, Castel Tirolo
Schloßkapelle

ドルフ・チロルの教区教会

ミュスタイル渓谷
聖ヨハネ修道院
Claustra da Son Jon, Müstair
Clastra di San Giovanni, Monastero
Kloster Sankt Jochann im Münstertal

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