この木なんの木きのこの木

 中世の絵画や彫刻には不思議な生き物たちで満ち溢れている。「百鬼夜行」の観のある動く生き物より登場する機会は少ないけれども、植物にも奇妙で不思議なものがある。その中でも時々見かけて印象的であったのがこの植物であった。


『バンベルクの黙示録』部分(1020年)

 黙示録の第七の封印が解かれ「樹木の1/3が焼き尽くされ」(8−7)に対応する挿画で空から火の玉が落ちる場面である。枝があるので樹木は確かであるが、奇妙なのはラヴェンダー色のきのこのような笠をつけていることである。そして一対の実?が下がっている。絶滅した植物?、現実にある樹木のデフォルメ?、画家の創造?、他の写本も注意してみると似たような樹木が描かれている。


『エヒテルナッハの黄金福音書』から「3人のマリア」(1030年)


『ベルンヴァルトの青銅扉』から「アダムとエヴァの対面」(1015年)

サン・パオロの聖書(fol.50v)
ランス派、870年頃
ヴィーン創世記(fol.31)
シリア、6世紀頃

 この他にも探せば多く見つかるかもしれない。製作年代の新しい順に並べてみたが古いものほど樹木らしさが出ていてどうやら松の一種ではないかと思えてくる。年代が下がるとどうやらデフォルメが大きくなっていくらしい。
 これ以上のことがわからないまましばらく放っておいたが、ある日何気に読んでいた本に答えが載っていた。「きのこ形の樹冠は元来、カサマツを表すために考案された伝統的なモティーフであり、六世紀の『ヴィーン創世記』など、古代末期の写本画にも登場する。従って、一つの約束事(コンヴェンション)と解される」(線描の芸術、越宏一、東北大学出版会、2001年)。
 「カサマツ」を調べてみると地中海地方に自生する松 Pinus Pinea でイタリアカサマツの名前で知られている。レスピーギの『ローマの松』の松であり、ローマや松林で有名なラヴェンナに欠かせない風景を作る樹木であることがわかった。プリニウスが『博物誌』の中で記した「ティブルスのほうは、細くて枝がもっと上方に密生しており、こぶがなくて、快速船を作るのに用いる。樹脂はほとんど取れない」(プリニウス博物誌、植物篇、大槻真一郎編、八坂書房、1994年)という樹木に相当するのかもしれない。


ローマの松

 カサマツの松毬はハーブとして食用できるそうであるが、硬くて150gくらいある。イタリアでは毎年松毬の落下による死傷事故が何件か起こっている要注意な樹木なのだそうである。
 こうして「きのこの木」の正体はわかった。古代末期の描画は比較的写実的であるのに時が経つに従い写実から外れ、『バンベルクの黙示録』に至っては本当のきのこのようになっていて、写本の伝言ゲームのような状態であったのかもしれない。なお、12世紀頃までは南ドイツにもカサマツは自生していたという。この地域で特に温暖なライヒェナウ島にもカサマツはあったかもしれない。しかし、カサマツの意味するところはまだ不明である。


サン・バルテルミーの洗礼盤(裏面)


ほんもののきのこ

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