粗い石
聖堂を構成する石たちのこと

森の木や石はどんな教師にも教えられないほど多くのことを教えてくれる
クレルヴォーのベルナルドゥス

 聖堂を形作る石の一つ一つ全てが祈りであった。聖書の写本を一文字ずつ筆写する行為がそうであったように、切り出し、形を整え、積み上げる作業の一切が。シャルトル大聖堂を再建したとき富裕な者は石材を寄進し、貧しい者は石切場から一つずつ石を運んだ、と年代記は伝える。

 ロマネスク時代の聖堂や彫刻に用いられた素材のほとんどは天然石で、大半が近郊で産出される石材を使用している。一部の聖堂では資金が豊富である場合、遠方から取り寄せたりしたこともある。初期ゴシック時代を過ぎると交通が発達し、距離に関係なく石材が使われるようになると均質化され石の地方色が失われてゆく。まずは代表的な石材を構成する成分元素から。


地表の元素存在度

 酸素を除くと上位10元素に石材を構成する主要元素が含まれる。ロマネスク聖堂を思い切って石材の構成元素で分類するとシリカ−アルミナ系とカルサイト系に分けられる。この分け方を地勢と建築及び彫刻の傾向と組み合わせて適用させたとき面白いことがわかってくるのではないかと思う。


Igneous rock: 一般的火成岩、Shale: 頁岩(泥板岩)、Sandstone: 砂岩(堆積岩)、Limestone: 石灰岩(変成岩)
代表的石材の構成元素

石材のもととなる岩石

火成岩
 火山活動により形成される。玄武岩、花崗岩、凝灰岩(前二者の破砕凝結した岩)などが代表であるが、ロマネスク聖堂では玄武岩と凝灰岩(ローマの聖堂に多く使用)が多い。玄武岩は溶岩が急速に冷却されて出来るため、ガラス質(タキライト)を多く含む。成分はシリカSiO2、アルミナAl23である。

堆積岩
 砂岩が代表的である。主に火成岩が風化と水の浸食作用により細流化し再度堆積・硬化して岩石となる。このため構成成分も火成岩のそれを反映している。アルミナが少ないのは化学的に不活性であるため、浸食を受けにくいため。

変成岩
 地中深い場所では圧力・温度が著しく増加する。このエネルギーにより堆積した細粒が変成作用を受け、硬化する。石灰岩及びスレートはこの作用により形成される。石灰岩は高純度の炭酸カルシウムで通常800℃付近でCaCO3→CaOの分解反応が起こる(生石灰としてこれも建材に使用する)。地中では石灰岩層が緻密な層で囲まれて炭酸が逃げられなくなるために緻密化(大理石ではほぼ理論密度に到達する)が進行する。人工的にこのプロセスを実行しようとすると、炭酸塩の脱離を防ぎつつ焼結させなければならないので特殊な装置(HIP)を使用しない限り極めて困難である。天然の石灰岩の元素組成をみるとカルシウムに次いでマグネシウムが含まれている。このマグネシウムの存在は緻密化する際の助剤的役割を持つ。スレートは変成プロセスに方向性が加わり構成成分である雲母等の作用により劈開するようになった。この性質(薄く板状になる)により屋根瓦に使用される。

代表的石材

玄武岩(火成岩、縦の黒い部分、右画像)、砂岩(壁体部分)、スレート(屋根瓦)、共にマリア・ラーハ(アイフェル産)


 マリア・ラーハの玄武岩の形成については「マリア・ラーハの自然」参照。アイフェルに位置する修道院聖堂は文字どおり大地から生まれたといえる。玄武岩を作り出したラーハ火山は地質学の教科書で言及(上図、左はラーハ湖、枠で囲った部分がマリア・ラーハの修道院。右はル・ピュイのサン・ミッシェル礼拝堂。いずれもアーサー・ホームズ著・上田誠也他訳「一般地質学1」の挿図から)されているようにユニークな性質である。他に玄武岩を石材に用いたロマネスク聖堂としてオーヴェルーニュ地方の聖堂、ル・ピュイのサン・ミッシェル礼拝堂及び大聖堂などがある。


玄武岩、シュパイアー大聖堂(アイフェル産)

 1970年代の大規模な修復を監督した建築史家クーバッハによると、シュパイアー大聖堂の最も構造的に重量のかかる部分は交差部で、このために特に選ばれた硬質のアイフェル産玄武岩が運ばれ使用された。巨大な交差部を支える個々の石は大きめで最終仕上げをしなかったのかきめの粗い石肌であり、それにより強くマッシブな印象を与える。マリア・ラーハと同じ産地でアイフェルから300kmほど離れているがライン川を運搬に利用出来たことと神聖ローマ皇帝絶頂期に国力を傾けるほどの財力をかけたので距離は大きな問題にならなかった。


砂岩、シュパイアー大聖堂入口(中部ライン産)、ノイミュンスター(ヴュルツブルク、マイン産)

 シュパイアー大聖堂の外部は明るいピンクの砂岩で統一され、内部及びクリュプタはピンクと白の砂岩を交互に用いている(後に塗られた部分もあるので注意)。巨大なヴェストヴェルクから身廊へ入る部分は火災や破壊を免れた部分である。特にクリュプタを見るとイスラム建築に似た印象を受けた。この2種類の砂岩は共にライン川の堆積により形成された。ピンク色は鉄分(酸化第2鉄)の色で白色は微生物の産生する酸により脱色されたものである。マイン河畔の砂岩はシュパイアーの砂岩よりも褐色がかっていた。マインの砂岩はリーメンシュナイダーの彫刻でも有名。

 石灰岩は膨大な数の貝や微生物により天文学的といっていいほどの時間を費やして形成された。石灰岩の成因は二種類あり、生物起源のもの、及びいったん海水に溶解したカルシウムが海底に再沈殿したものである。地球が出来た時、大気中の二酸化炭素濃度は97%であった。海水に溶け、生物が発生していく過程で固定化され、現在は0.03%にまで減少した。その殆どが石灰岩として地中に存在している。石灰岩(結晶構造の違いによりアラゴナイト、バテライト、カルサイトの三種類があり、結晶構造は変成が進むほど純粋なカルサイトになっていく)は変成作用により軟質→硬質→大理石と変化していく。同時に変成が進むほど化石の痕跡が見られなくなるが例外的に大理石でも化石が入っていることもある。


石灰岩、シャルトル大聖堂(中央フランス石灰岩床)及びノートル・ダム・ラ・グランド教会(シャラント〜大西洋産)


石灰岩(硬石灰岩)、トゥルネィ大聖堂

 トゥルネィ産石灰岩は強度が高く青い色であるため強度部材や色のアクセントをつけるために使用され(外観からは黒ずんでいるのでわからない)、イギリスなどへも輸出された。現在も採掘されている。詳しいことは「トゥルネィ産の石材」を参照。


  
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